今日の言葉 2022年11月

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 この記事では、毎日、心に残る言葉を紹介します。

 挫けそうになった時、やる気を奮い立たせてくれるのは言葉です。言葉には力があります。言霊という言葉がありますが、言葉に力が宿っているのは本当にその通りだと思います。

 皆さんの心に響く言葉が見つかりますように

今日の言葉

11月30日

大人とは、社会人であることを前提に他者に対する尊重を徹底できる人

人物
 菅沼勇基
 1958年、横濱で生まれる。横濱市立大学国際総合科学部卒業。大学卒業後、住友不動産に入社。3年後に独立し、横濱コーポレーション株式会社を設立。未経験でも夢を持ったやる気のある若手を多く採用して企業規模を拡大し続ける。

 投資用不動産として、現在計300億円の資産を稼働率95%以上で運用し、33歳で年商50億円のビジネスに育て上げるほか、医療法人の理事も務める。

感想
 子どもと大人の違いがわかる名言です。大人は他者に対して尊重しないと、生きていけません。それは、周りの助けが得られないからです。周りの助けを得るために、尊重する必要があると思います。反対に、子どもは自分自身を尊重してほしいと思います。自分を粗末に扱わないでほしいと思います。

 徐々に尊重のベクトルを自分自身から他者に移すことが大人になるということだと思います。社会人は、社会の中の一員である事を忘れてはならない言葉でした。

11月29日

どんなニッチな分野でも、それを知っている第一人者つまり猿山のボスと思わせることが大事

人物
 時代と寝る女 あいめこ(本名:上村志津瑠)
 1992年、滋賀県で生まれる。二児のシングルマザーとしてSNSの運用代行、企画マーケティングを主な業務として株式会社whithera、株式会社sizuru wiz代表取締役。

 時代を敏感に捉え、数々の商品をバズらせて店頭から無くならせる。2020年に日本初の「オンラインキャバクラ」をオープン。World Creator Awards2021受賞。

感想
 バズるために必要な考え方が詰まった言葉です。私は、ブログを運営しています。しかし、運営して数ヶ月、なかなかPV数が伸びません。

 解決策を求めて参考書を探した結果、あいめこさんの本を見つけ、この言葉と出会いました。インターネットが普及して以来、多くの分野の記事が書かれています。ですが、狭いつまりニッチな分野では、まだまだ開拓されていないそうです。

 この未開拓の分野を見つけて、猿山のボスのようになれるブロガーになりたいと思います。やる気を出させてくれる言葉です。

11月28日

働く時間を増やしたことに対する成果は、単純な倍数ではなく、ルート(√)で考えると良い

人物
 菅沼勇基
 1958年、横濱で生まれる。横濱市立大学国際総合科学部卒業。大学卒業後、住友不動産に入社。

 3年後に独立し、横濱コーポレーション株式会社を設立。未経験でも夢を持ったやる気のある若手を多く採用して企業規模を拡大し続ける。

 投資用不動産として、現在計300億円の資産を稼働率95%以上で運用し、33歳で年商50億円のビジネスに育て上げるほか、医療法人の理事も務める。

感想
 仕事が終わらない。なら、働く時間を増やせば終わらせることができる。私は、この考え方で働いていました。

 しかし、この言葉を知り、考え方を改めました。確かに、働く時間を増やしたからといって、仕事が終わるかといったら終わりません。

 それは、2倍の成果を出そうとしたら、4倍の時間を費やさないといけないからです。無理ですね。体をすぐに壊します。成果を出すには、仕事の時間ではなく、やり方を変えないといけないと切に思う言葉です。

11月27日

人間とはホモ・ルーデンス(遊ぶ人)、遊びが人間活動の本質であり、文化を生み出す根源であること

人物
 ヨハン・ホイジンガ
 1872年、オランダで生まれる。オランダの歴史学者。1891年フローニンゲン大学に入学し、比較言語学を学ぶ。その後、ライデン大学教授、学長になる。

 1942年に、オランダに攻めてきたナチスドイツによって、強制収容所に収監される。解放されたが1945年に逝去。著書に「ホモ・ルーデンス」がある。

感想
 人間の生きる目的がわかる名言だと思います。人間の「遊ぶ」という目的のために、現在のような住みやすい文化が生まれました。遊びが人間を突き動かすのです。計算では人生の半分は、仕事をしているそうです。

 半分以上の時間が仕事によって失われています。残り半分の時間を遊びに費やして、果たして幸せなのでしょうか。それは違うのではないかと思います。仕事時間も遊びのように捉えないと、人生は良くならないです。(責任は持つことは前提です。)

 遊び(例えばゲーム感覚で仕事を終わらせるとか)を意識しないと、きっと成果の出る仕事はできないと思います。私は、人間の本質である「遊び」を意識して、人生を楽しく過ごしたいです。

11月26日

墓場で一番の金持ちになることは、私にとっては重要ではない。ただ、毎日夜寝るときに、我々は素晴らしいことをしたといえることが重要だ

人物
 スティーブ・ジョブズ
 アメリカの起業家、実業家。Appleの競合創業者の一人であり、同社のCEOを務めた。ピクサー・アニメーション・スタジオの創業者でもあり、ウォルト・ディズニー・カンパニーなどの役員を歴任した。

感想
 重要なことはお金持ちになることではなく、素晴らしいことをしたと満足することだとわかる言葉です。人によって変わりますが、いくらお金があろうと心が満足しなければ虚しいです。心が満足することが幸せになる一歩なんですね。

11月25日

 難しいからやろうとしないのではない、やろうとしないから、難しいのだ

人物
 ルキウス・アンナエウス・セネカ
 第5代ローマ皇帝 ネロの家庭教師として知られるローマの政治家、哲学者、詩人

感想
 尻込みすることが多い人生です。できそうなことしかしなかった人生でした。難しいことはやらなかったです。ですが、この言葉を知り、順番が逆だったことに気付かされました。難しいからやれないではなく、やろうとする気がないから難しくなってしまうのだと。

11月24日

 使えるものが限られているからこそ、アイデアが生まれる。革新は制約があるからこそ生まれる。


人物
 ヨアン・ヴィー・クヌッドストーブ
 1968年生まれ。デンマークのオフス大学卒業。英クランフィールド大学で経営学修士を取得。米マサチューセッツ工科大学の博士号をもつ。

 2001年にレゴに入社する前は米コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーに務めた。2004年に35歳でレゴCEOに就任、2017年からレゴ・ブランド・グループ会長

感想
 今あるものを使うからこそ革新が生まれることがわかる言葉です。無いものばかり考えても、それは妄想で終わりますが、あるもので考えると妄想を実現にすることができます。無いものばかり考えても意味はないです。今あるものを整理してみてみようと思います。

11月23日

一切はなくなるためにあり、あらゆるものを捨ててゆくのが人生

人物
 堀雄一
 株式会社ドリームインキュベータ代表取締役会長。1945年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業後、読売新聞経済部を経て、1973年から三菱商事に勤 務。ハーバード・ビジネススクールでMBA with High Distinction(Baker Scholar)を日本人として初めて取得後、ボストンコンサルティンググループで国内外の一流企業の経営戦略策定を支援する。

 1989年より同社代表取 締役社長。2000年6月、ベンチャー企業の支援・コンサルティングを行なうドリームインキュベータを設立、代表取締役社長に就任。同社を2005年9 月、東証1部に上場させる。2006年6月、同社会長に就任。

感想
 この言葉は、堀紘一さんの著書「自分を変える読書術 学歴は学<習>歴で超えられる」に書かれていた言葉です。これまで、学ぶだけが人生だと思っていました。

 しかし、この言葉は逆で捨てることも人生と説いています。「人生」についての考え方に新しい見方を与えてくれました。スポンジのように吸収するだけでは、いつか溢れてしまいます。

 本当に大事なものが吸収できない可能性があります。そこで、この捨てるという考え方があるのかと思います。みなさんは、「人生」についてどのように考えていますか。一度、じっくりと考えてみるといいと思います。

11月21日

人生とは、まだ知らない面白いことを求めて、自分の世界を拡げていくようなもの

人物
 森岡毅
 戦略家・マーケター。
 高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイディアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。
 
 経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。

感想
 人生について考えることがあります。何のために生きているのかな、何をしたら楽しい人生になるのかなと。皆さんは、人生についてどう考えていますか。

 この言葉によると、人生には終わりがないように思えます。学ぶ姿勢さえあれば、人生は続いていきます。私の人生は、大学受験で一旦終わっています。それは学ぶことをやめたからです。惰性で生きてきたと思います。

 ですが、これから人生は続いていきます。学ぶ姿勢を持って、生きていきたいと感じる言葉でした。

11月20日

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議に負けなし

人物
 野村克也
 1935年、京都府に生まれる。高校3年生の時に、南海ホークスの入団テストを受け、合格。プロ野球の南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)で戦後初の三冠王や、監督としてもヤクルトスワローズを3度の日本一に導くなど、希代の名選手で名監督

感想
 この記事最後の名言は、野球界の名監督である野村克也さんです。独特な話し方には、興味がある人は多いと思います。数々の逸話がある野村克也さんですが、彼の言葉で一番有名なのは、この言葉だと思っています。

勝負の世界では、なんで勝利したのかわからないまぐれな勝ちがあります。しかし、勝負の世界なので勝ち人がいる一方、負ける人もいます。ですが、まぐれな勝ちはあってもまぐれな負けはない。このことがわかる言葉です。

 負けたならそこに何らかの原因がある。原因を追求しない限り、負けがなくなることはない。人生についても同じように考えることができます。なぜ、人生が楽しくないのかには理由があります。

 それは解決しない限り、楽しくなることはないです。人生という流れに身を任せるのではなく、考えてコントロールできるようになることの大切さがわかる言葉です。

11月19日

積極的に失敗していきたい。なぜなら、それは成功と同じくらい貴重な経験だからだ。失敗がなければ、何が最適なのかわからないだろう。

人物
 トーマス・アルバ・エジソン
 1847年にアメリカオハイオ州に生まれる。少年時代から異常な程の知的好奇心の持ち主。この性格から教師と馬が合わずに、小学校を3ヶ月で中退する。

 自宅での勉強しながら発明を行う。少年時代から発明を行い、電話機、無線機、白熱電球と時代を変えるような大きな発明する。生涯でおよそ1300もの発明をおこなった人物。

感想
 失敗を恐れてはいけないことがわかる言葉です。失敗が怖いからと最初から諦めていては、何も生まれません。失敗は成功するための手段と思うことができる言葉です。

 失敗を無意味なものと考えるからこそ、動けなくなると思います。失敗一個一個を大切が資産と思うことで、動けるようになれます。

 そのためには、失敗した理由について考えていきたいと思います。「失敗は成功の母」とよく言ったものですね。

11月18日

意志と努力によって自分の未来は変えられる

人物
 戸田智弘
 ライター&キャリアカウンセラー。1960年愛知県生まれ。北海道大学工学部、法政大学社会学部卒業。
 
 著書に『働く理由』、『続 働く理由』、『学び続ける理由』、『海外リタイア生活術』『就活手帳』、『「自分を変える」読書』などがある。

感想
 この言葉は、戸田智弘さんの「ものの見方が変わる 座右の寓話」という本に書かれていました。まさにその通り!と思わされる言葉です。

 自分の未来は、自分自身で切り開くしかない。他人の決定に委ねていては、幸福な人生を送ることができません。

 ですが、これが難しいですよね。自分で決めることは、全ての責任を自分で背負うことになりますから。誰かにせいにした方が人生楽ですから。

 この考え方を捨てない限り、自分に成長はないのかなと思いました。社会人になって新しい生活が始まってので、この名言を心に刻んでもう一度人生をやり直してみます。固い意志と地道な努力が未来を変えると信じて。

11月17日

1人の天才がいたってダメだ。凡人でも力が合わせれば、必ず成功できる

人物
 久米是志
 1932年兵庫県生まれ。静岡大学工学部卒業後、本田技研工業株式会社入社。入社後、二輪レースの頂点と言われるイギリスのマン島TTレース挑戦するために、“本田宗一郎直属部隊“の一員となる。

 ホンダが本格的に四輪市場に参入し時、開発リーダーとして“シビックCVCC”をアメリカのマスキー法のテスト合格に導く。その後、3代目ホンダ技研工業第3代社長になる。

※CVCC
ホンダの低公害エンジン。複合渦流調整燃焼方式(Compound Vortex Controlled Combustion)でCVCC

※マスキー法
 1970年にアメリカで排気ガス抑制を義務付けた法。5年以内に排気ガスを10分の1にする内容。

 ジュネラルモータース、フォード、クライスラーのビッグ3でも困難とされた法律

感想
 3代目ホンダ技研工業第3代社長の久米是志さんは、世界で初めてマスキー法をクリアしたホンダ・シビックCVCCの開発リーダーでした。彼のすごいところは、創業者である本田宗一郎さんと衝突してでも、意見を通してところにあると思います。

 天才(本田宗一郎)と違うやり方でなければ、マスキー法をクリアできないと考え、凡人でも1つのことをずーっと深く見ている人たちを全部組み合わせて一つのものを作ることでマスキー法をクリアしました。

 このことは、どんな天才でも、一人ではできない。天才相手でも、凡人が集まれば敵うことを教えてくれていると思います。

 また、このエピソードには続きがあります。久米さんは会社のためではなく、社会のためにCVCCを開発していたそうです。自分の昇進のためと自分を一番に考えていると大きな成功はできない。

 社会のためと他人を一番に考えて行動することで大きな成功ができると思い知らされました。一人の凡人では成功できません。協力することで凡人でも成功することができます。

 協力が大事です。

11月16日

失敗を一つの動機に次の展開を図るか、失敗にめげてぺしゃんこになってしまうか、毒にするも、薬にするも、失敗の効用は自分次第ではないだろうか

人物
 堀場雅夫
 1924年、京都に生まれる。京都大学理学部在学中に堀場無線研究所を創業。1953年に(株)堀場製作所を設立し、社長に就任。

 学生ベンチャーから出発し、研究開発型ベンチャーのモデルとも言える企業を創る。常に分析機器のトップメーカーに。1978年に同会社の会長に。

感想
 堀場さんは大学を卒業後、大学に残って原子物理学を専攻したかったそうです。ですが、時代が敗戦時期だったため、アメリカの指令で原子物理学は禁止されていました。(原爆をつくらせないためですかね。)

 そのため、自分で会社を興しました。ですが、卒業後5年後に、原子物理学の研究は再開されたそうです。この時から堀場さんの失敗が始まったそうです。ですが、失敗に出会っても、「何かやらかしてやろう」と前向きな気持ちで挑み続けてきたそうです。私は、失敗が怖いです。

 失敗をしないために、できそうなことしかやってこない人生でした。失敗をした時の自分の無力感が怖いです。ですが、人生ははなから思い出通りにならないもの、思い通りになると思うから失敗した時に悲劇が起こるという堀場さんの考えを知り、失敗してもいいかなと思えるようになりました。

 失敗=薬にします。

11月15日

笑われるというのはカッコつけていない証拠

人物
 永松茂久
 株式会社人財育成JAPAN 代表取締役/株式会社FOR YOU JAPAN代表取締役/永松塾主宰/知覧ホタル館富屋食堂特任館長。

 大分県中津市生まれ。「一流の人材を集めるのではなく、いまいる人間を一流にする」というコンセプトのユニークな人材育成法には定評があり、全国で多くの講演、セミナーを実施。

 「人のあり方」を伝えるニューリーダーとして、多くの若者から圧倒的な支持を得ており、講演の累計動員数は40万人にのぼる。

 経営、講演だけではなく、執筆、人材育成、出版コンサルティング、ビジネスコーチング、イベント主催、映像編集、ブランディングプロデュースなど数々の事業を展開する実業家である。

 また、鹿児島県南九州市にある「知覧ホタル館富屋食堂」の特任館長も務め「知覧フォーユー研修さくら祭り」など、自身が提唱する「フォーユー精神」を培う研修をおこなっている。

感想
 この名言は、永松茂久さんが書かれた「20代を無難に生きるな」という本に書かれていました。努力していると笑われることがあります。無駄な努力をしてカッコ悪い。

 カッコつけるために、表では努力をしていないふりをして、裏では努力をすることってありますよね。そのような努力の仕方では、夢を叶えることができません。純粋に努力している人には敵わないからです。

 カッコつけるのはやめましょう。泥臭く努力をして、夢を叶えていきましょう。

 このことがわかる言葉です。

11月14日

準備10年、成功5分

人物
 ロアール・アムンセン
 ノルウェー出身の探検家。人類で初めて南極点に到達した人物。医者を目指し、大学に進学するが、21歳の時に中退。その後、子供の頃からの夢であった探検家になるために航海士の道に進む。

 今まで誰も成し遂げられなかった北西航路(大西洋から太平洋を北アメリカ大陸の北側を回る航路)の航海を成し遂げる。そして、次に目指したのは南極点(南極大陸の真ん中、緯度90度)。

 北西航路の経験から得た知識やイヌイットの知恵を使い、南極点に到達しました。

感想
 この名言は、短い成功には、その何倍の長い準備期間があることを伝えています。成功したと感じる時間は、短いです。この短い時間のために私たちは努力しています。

 つまり、長い準備期間(努力)をしないと短い成功すらないということです。私は、転職活動をしています。

 転職するためには、自己を見つめ直すこと、学習、企業調べと長い間準備する必要があります。私が転職活動をしているのは、夢があるからです。

 この夢の実現(実現という短い成功)のために、努力を惜しまないつもりです。この名言を知ってから、成功するには長い時間がかかると改めて認識しました。

 今、夢の実現のために努力している人に届けたい言葉です。

11月12日

組織の中にいると打たれることが多いから。どんなに打たれても決して忘れないでほしいことがある。自身の人格を大切であること、人間として守らなければならない倫理があること

人物
 浅井慎平
 1937年、愛知県生まれ。1965年に日本広告写真化協会賞を受賞後、1966年にビートルズの来日に密着した「ビートルズ東京」でデビューする。

 その後、数々の賞を受賞する。コマーシャル、雑誌、テレビ、映画など幅広い分野で活躍。

感想
 会社に入ってから打たれることが多くなりました。自分の仕事は自分で片付けなければなりません。先生はいないので、自分で自分自身を管理していかなければなりません。

 社会人は、理不尽なことが起きるのは当たり前なのですが、毎回落ち込んでしまいます。その度に、「自分はダメなやつだ、こんなことで落ち込んでいて弱い人間だ」と自分を否定しています。

 また人の優しさに漬け込んで、楽をし成功したこともあります。そのような状態なので、幸せではないです。

 この言葉には、人格や倫理を切り捨て、手に入れた成功には幸せがないという意味が込められていると思います。この言葉を心に刻んで、打たれて悩んだとしても誇れるような成功をしていきたいと思いました。

11月11日

眉間の傷は、男の勲章。背中の傷は、男の恥だ

人物
 山下健一
 1922年に広島で生まれる。東京帝国大学第一工学部機械科を繰り上げ卒業して川西航空機に入社。
その後、海軍技術中尉として、海軍に召集され、戦闘機の製造に従事した。

 地元の広島に原爆が落とされ、家族が亡くなる。このことにショックを受け、酒に溺れるが、母親の紹介で地元の東洋工業に就職する。

 東洋工業で、「マツダR360」を設計し、大ヒット。会社の存続をかけたロータリーエンジンの開発を開始し、完成させる。

感想
 眉間の傷は、努力した証。背中の傷は逃げ続けた証だと思います。努力をしていると、眉間に皺ができるまで集中します。これが眉間の傷だと思います。

 背中の傷は、思い浮かんだのは漫画「ワンピース」で登場する世界最強の海賊 白ひげを思い出させます。私は、ワンピースが好きなので話させてください。彼は、頂上戦争という戦いで負けて、死んでしまいます。

 伝説となった男の背中には一つも傷がありませんでした。これは、逃げずに前を向いて戦い続けたという証でした。このお話は、私が中高生だった頃に放送されたので、当時はすごく憧れました。

 今でも憧れています。

 私の人生、逃げ続けることが多い人生だったので、これからは背中に傷を増やさないような生き方をし、眉間に皺ができるまで努力をし続けたいです。

11月10日

報われない努力を続けろ。もろく弱く正義を貫くことが本物の正義で、なかなか認められず、報われない努力を黙々とひたすら続けていくことこそ努力なのである

人物
 秋山仁
 1946年東京生まれ。上智大学大学院数学科卒業後、ミシガン大学数学科研究員、日本医師大学助教授、東京理科大学教授を経て、東海大学教育研究所の主任教授になる。その後、東海大学名誉教授に。

 髭を生やし、長髪にバンダナ姿と特徴的な格好でテレビに出演。数学的発想力を育ませるための画期的な教授法を独自に確立し、NHKに出演する。

感想
 努力をしても、結果が出ないことはたくさん経験してきました。その度に、努力が足りなかったと後悔していました。そして、努力をしても無駄なんだと思うようになりました。手を抜いて生きてきました。

 ですが、この言葉と出会って、努力をし続けることこそ努力なのだと知りました。私の頑張った時期は、結果が出なくても努力をしたと誇ってもいいんだと気づきました。

 秋山仁さんは、今でこそ数学者で天賦の才能を持っていると思われるかと思います。私は、大学数学と出会って、数学を続けていく人は才能ありの持ち主しかいないと思っていました。

 しかし、ある本で秋山仁さんは「自分は、数学の成績が悪かった。ただ、数学が大好きでどうしてもやりたいという原動力でやってこれた」と書かれていました。

 好きで好きでしょうがなく、努力をした結果が今の秋山仁さんです。努力は、必ず報われないと思いますが、報われない努力をする大切さがわかる言葉でした。

11月9日

最大の不幸は貧しさでも病でもない。誰からも自分を必要とされていないと感じることだ

人物
 マザー・テレサ
 インドで貧困層の福祉に尽くした1979年にノーベル平和賞受賞。カトリック教会の修道女にして、修道会「神の愛の宣教者会」の創設者。

感想
 私はうつ病になり、人生は不幸だと感じていました。何も考えられない、考えると真っ暗な人生しか感じないと全てを投げ出したくなりました。私は、生きていても…と感じていました。不幸だと思っていました。

 ですが、私にはこのような状態になっても見放さなずに支えてくれる人がいました。私は、今は落ち着き冷静に考えられるようになりました。

 この状態でこの名言について考えると、まさにその通りだと思います。私は、不幸中の幸いでした。私を必要と思ってくれる人がいたからです。もし、いなかったら私はどうなっていたのでしょうか。すごく怖いです。

 皆さんも、不幸と思うことはあるかもしれませんが、落ち着いて周りを観察してみてください。きっと、支えてくれる人がいますから。

11月8日

人が最も苦しいのは、自己評価が極端に低いとき

人物
 森岡毅
 戦略家・マーケター。高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイディアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。

 経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。

感想
 私は、自己評価が低い人間です。褒められても「たまたまですよ」と言い、素直に喜べません。元々は、自己肯定感が高い人間でしたが、いつの間にか低くなりました。

 おそらく、高校受験を失敗した時からでしょうか。そこから、苦しい人生が始まったと思います。ですが、今は苦しいなりに懸命に生きています。

 命を諦めようかと思ったこともありますが、生きています。それは、私を認めてくれる人に出会えた方です。自己評価が低くても、誰かが評価してくれればいいとわかりました。

 この言葉から、人生が辛い時と辛くない時の気づきが得られました。

11月7日

人間って、本当につらい時は笑えないから

人物
 日野真織
 小説「今夜、世界からこの恋が消えても」の登場人物。主人公の偽りの彼女だったが本物になる。
睡眠するとその日の記憶が消えてしまう病気を患う。

 起きると時間が進んでいる世界で生きてきた彼女の一言。

感想
 私はいつでも人前では、ニコニコしていることを心がけていますが、病気を患わってからは、本当にニコニコできません。意識しても、頬が動かないのです。

 この言葉は、本当に辛い経験をした方なら理解できるのではないでしょうか。

11月6日

病気は、容赦なく幸福を奪い、健康な部分まで侵食する。病気は決して無駄な経験ではなく、病気が人間を作ることさえある

人物
 越智宏倫
 1934年大阪府で生まれる。3歳の時に、難病の気管支ぜんそくを発病し25歳になるまで闘病生活をおくる。新精神学会で「人間が心の底から思い込んだことは必ずし実現する」教えを説かれ、ぜんそくを治す。

 1964年、日研フード株式会社を天然調味料製造を目的に資本金200万円で創立。1958年には、社長をやりながら日本廊下制御研究所所長を兼任。米国ホノルル大学よりヘルスサイエンスを習得、東北大学で農学博士の学位を取得。1995年、食品因子の化学とがん予防国際会議組織委員および事務局長を努める。

感想
 私はうつ病になって心を壊しました。その状態で仕事をしていました。会社では集中することできないため、失敗続き。入社してから1ヶ月で辞めようと考えました。

 YouTubeの動画視聴歴には、うつ病関連がたくさん並んでいました。日記には、楽になりたいとの記述がたくさん。そのような状態だったので、恋人との関係も上手くいきませんでした。

 健康のために続けていた運動をやめて、家に帰ったらベッドに横になるだけの生活。肌は荒れ、栄養失調になっていました。健康が失われていました。

 ですが、この経験で病気で悩んでいる人の本当の辛さが理解できました。それは、他人を頼れないところです。わたしは、この経験で困っている人の手助けができるような仕事をしたいと思えるようになりました。

 人のために生きれるような人間になりたいと思えました。うつ病を経験していなかったら、こんなことは本気で思えなかったと思います。この名言は、まさにその通りだと思う言葉です。今、病を抱えている人に届けたい言葉です。

11月5日

病気って、魔法みたいに、全く気づかなかった人生のとっても大事なことを最も簡単に気づかせてくれるということもある

人物
 須磨久善
 1950年神戸に生まれる。中学の時に、夢で手術着を着ている自分の姿を見て、外科医を志す。
大阪医大に進学後、順天堂大助手を経て、米国ユタ大学に留学。メス一本で生きる道を求め、海外を転々とする。

 35歳の時に、胃の動脈を使った心臓バイパス手術を世界で初めて行い、国際的な評価を受ける。その後、三井記念病院の心臓血管外科部長になり、ローマ・カトリック大学の客員教授、湘南鎌倉病院で働く。日本で初めてのバチスタ手術を行うが、失敗。

 医学界、マスコミから批判されたが生きたいと願う患者のためにもう一度、バチスタ手術を行い、見事成功する。医者の使命は、患者のために必死に応えることと考え、仕事を全うしている。

感想
 何かを失って、初めて失ったものの大切さがわかるということと同じ意味の言葉だと感じました。うつ病になって初めて気がついたことがあります。

 それは、身近にいる人の優しさです。私はうつ病になって初めて気付きました。うつ病になると、周りに気を使うことが出来なくなります。そっけない態度になってしまいました。

 人は、そっけない態度をされると興味をなくしてしまいますが、身近な人は変わりませんでした。変わらない優しさで接してくれました。病気になって、嬉しくはないですが、優しさを知れたという意味では良かったかもしれないと思いました。

11月4日

私たちは、常々こうなりたいと望んでいるものになれる。

人物:アール・ナイチンゲール
 1921年生まれ。アメリカでは「人間開発の神様」としてその名を知られ、イギリスでもエリザベス女王に特別拝謁するなど、世界中から大きな信頼を寄せられた。

 メッセージを吹き込んだ『ストレンジスト・シークレット』が100万枚の売り上げを達成し、ゴールドディスク大賞を受賞したのをはじめ数々の賞を獲得した。全米トップの自己開発オーディオ・プログラム会社、ナイチンゲール・コナント社の創立者である。

感想
 人生に目標を持つ大切さがわかる名言になっています。物事をポジティブに考えるとその通りになり、ネガティブに考えるとその通りになる。考え方の違いによって、結果が変わります。

 私たちはなりたいものになれる力があるのです。その力を使って、幸せな人生を歩んでいる自分になれることがわかる言葉です。人生に目標を持っていないからこそ、上手くいかないことが多いそうです。

 こうなりたいと思っている人は、ちょっとのことで凹みません。私は、このような人間になりたいです。今からでも、紙に目標を書き出し、なりたい自分になれるようします。

11月3日

「社会人」は社会の中の人、学ぶことを人生としている「学生」と違い、社会という人の集まりの中にいる一員


人物:菅沼勇基
 1958年、横濱で生まれる。横濱市立大学国際総合科学部卒業。大学卒業後、住友不動産に入社。

 3年後に独立し、横濱コーポレーション株式会社を設立。未経験でも夢を持ったやる気のある若手を多く採用して企業規模を拡大し続ける。

 投資用不動産として、現在計300億円の資産を稼働率95%以上で運用し、33歳で年商50億円のビジネスに育て上げるほか、医療法人の理事も務める。

感想
 社会人と学生の違いについてわかる名言でした。私は、2022年に学生から社会人になったばかりです。この言葉は、すごく共感できました。

 学生時代通りに、事を進めようとしたら、全く上手くいきません。そもそも、仕事の量が多いため1つのことに集中する時間が少ないです。

 周りを協力しない限り、仕事は終わりませんし、成果も出ないことを実感しました。私も含め学生気分が抜けていない社会人は、この言葉を心に刻む必要があるなと思いますね。逆に、学生の方は目一杯学んでほしいです。

11月2日

全ての他人に褒めてもらおうと身を粉にしても行動しても、自分が苦痛であったらその人の人生は不幸なものであろう。大切なのは自分が納得し、少なくとも不満のない人生を送ること

人物:吉村作治
 1943年、東京で生まれる。早稲田大学第一文学部卒業後、カイロ大学考古学研究所に留学。

 1966年以来、早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し、彩色階段や貴族墓、クフ王ピラミッド内の道の空間の発見し国際的評価を得る。

 著書に「ファラオに逢いたい」など多数。

感想
 他人に合わせて生きていく人生は、不幸なことなんだと思いました。1人の人が面倒を見切れるのは、数人までです。

 それを、他人まで含めてしまうと自分の能力を超えてしまし、自分が壊れてしまいます。自分という大事な存在や周りの大事な人のことを考えないで、他人を優先してしまうことは苦痛です。

 周りに迷惑をかけることは論外ですが、まずは自分を大切にし、そして大事な人を大切にして生きたい。この言葉は、自分という存在の大切さを認識させてくれる言葉です。

11月1日

自分の苦しんでいる状態を客観的にみることが出来れば、苦に耐えることができる。人生には苦はつきものである。苦がなかったら人生ではない。苦は紛れもなく人生の一部である。

人物:山﨑武也
 1935年、広島で生まれる。1959年に東京大学法学部を創業。

 株式会社インタナショナル・アイ社長及びフレッシュフィールズ外国法事務所弁護士事務所コンサルタントとして、国際関連業務に携わる。

 主な著書に「一流の条件」「一流の作法」のなどがある。

感想
 私の人生は、苦しみから逃げるような人生でした。苦しくないようにどうにかして生きてきました。
ですが、社会人になると無理です。

 四方八方から苦しみが襲ってきます。苦からどうしたら逃げれるかばかり考えていました。

 全てが苦しいと考えていたため、自分がどこに苦を感じているかわからない状態でした。しかしこの言葉を知り、私は自分の人生を歩んでいるんだと感じました。

 それは、苦があるからです。苦はないほうがいいものだと思っていましたが、自分が成長できる瞬間なのだと思い直しました。

 私は、今も苦しいです。この苦を楽しめるような人間になるために本を読んでいきます。

 人生は苦しみがあるからこそ、深みが出るからです。

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